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ディアナ号来航5 手を差しのべた日本人 津波で受けた損壊を修理するため、11月26日に下田から戸田へ向かったディアナ号は、大荒れの駿河湾を漂流し、翌日の27日(ロシア暦で1月3日)に富士市の宮島三四軒屋沖で停艦した。
荒れ狂う波の中で、ディアナ号の乗組員たちは2日間、船に入った水を汲み出す作業に追われたが、天候は好転せず、刻々と沈没の危機が迫っていった。結局、プチャーチンは上陸を選択する。
ロシア側の記録では、1月4日の日没前に10人漕ぎのカッターで乗組員が陸に避難したのを皮切りに、5日の午後4時までに500人の乗組員がディアナ号を退艦している。
大荒れの海に漕ぎ出したのは、まさに死を覚悟した行動だったが、この決死の行動を海岸で助けた日本人の姿がそこにあった。宮島村の村人たちである。
ディアナ号に乗船していた司祭ワシーリイ・マホフは、避難の様子を「ディアナ号航海誌」で次のように記している。
「波は絶え間なく次々とカッターを翻弄し、逆巻く激浪が彼らの姿を私たちの視界からさえぎった。『沈没だ!』 私たちは恐怖と絶望に駆られて叫んだ。『助かったぞ!』応ずる声があたりの大気を震わせて伝わってきた。事実、私たちは見た。だが、この目が信じられぬほどの出来事だった。
私たちの運命を見守るべく、早朝から1000人もの日本の男女が押し寄せてきたのである。彼らは奇特にも束になって浜辺を走り回り、何やら気遣っているようであった。つまり、私たちのカッターや無鉄砲な救助隊員のことを心配していたのだ!
日本人たちは、綱に体を結び付けて身構えていた。そして、カッターが岸へ着くやいなやそれを捉え、潮の引く勢いで沖へ奪われぬように、しっかりと支えてくれたのだ!善良な、まことに善良な、博愛の心にみちた民衆よ!」
季節は冬。そして時は開国に揺れる日本にあって攘夷論も強かった。一般人が外国人と接触することは禁じられていた時代だ。さらに安政の大地震によって、ほとんどが家屋を失い、まともな復興すら果さない状況だったはずである。そうした中においても、異国艦船の人命救助のために村人たちは奔走した。
マホフは、村人たちの厚意について次のようにも記している。
「毎日、町や村から大勢でやって来る日本人たち、わけても宮島村の住民たちは、出来る限りの援助をしてくれた。ある人は大急ぎで囲いの納屋と日除けをつくって、私たちが悪天を避けられるようにしてくれた。また、別な人は上等のゴザや敷物、毛布や綿入れの着物、それに、いろいろな履物を持ってきた米、酒(ウオッカ)、蜜柑、魚、卵を持参した人もあった。何人かの日本人が目の前で上着を脱ぎ、私たちの仲間のすっかり冷え込んで震えている水兵たちに与えたのは驚くべきことだった」
こうした村人の対応に、プチャーチンは報告書の中で「かれらの人間的心労のほどは、とうてい称賛し尽くしがたいものがあった」と感謝の気持ちを記している。
日露の友好の礎(いしずえ)―。その一部が150年前の富士市宮島の地で築かれた。(つづく)
[2005-01-14-09:13] |
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