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ディアナ号来航4 戸田での修理と相次ぐ災難
嘉永7年11月4日、ディアナ号は安政の大地震によって大きな痛手を受けた。

この被害によって、プチャーチンはディアナ号の修理場所の貸与を幕府に願い出た。幕府は下田、長津呂、網代、稲取といった修理地を提案したが、プチャーチンはこれを受け入れなかった。

その理由は、下田は日本の選少ない開港地であり、アメリカをはじめ、イギリス、フランスの艦船が入港して可能性が高かったからだ。

当時、ロシアと英仏はクリミア戦争を展開するなど緊張関係が続いており、プチャーチンとしては、津波で崩壊したディアナ号を英仏艦隊の目にさらすことは絶対に避けたかったと思われる。

被災後の9日目の13日には、津波の被害を受けた下田市の福泉寺に変わって、同市の玉泉寺にて日露の外交交渉は再開されたが、船の修理地は決着を見なかった。

結局、被災から13日後の17日、「伊豆国内であれば応接掛の独自の許可で修理地の臨機使用を認める」という許可を川路聖謨が与えた。

日露から調査員を派遣し合ってディアナ号の修理地を船で探した結果、伊豆西岸の駿河湾を北上して見つかった戸田湊が選定された。

この戸田湊が選らばれた背景には、戸田という地は三方に山々が連なり、外部から遮断され、村のへの出入りが容易でないことや、駿河湾に面して砂嘴(し)状の御浜岬が突き出ている巾着型の天然の良港だったためと言われている。

戸田は、当時の人々にもあまり知られておらず、さらに水深も深い湊だったため、ディアナ号を修理する場所としては適地だった。

ディアナ号の戸田湊での修理が決まったのが23日。ディアナ号は天候などの関係で26日に下田を出港した。

下田から戸田へは、代用舵(かじ)での航海となったディアナ号だったが、低気圧の影響で海上は大時化の状態だった。

ディアナ号は約5時間かけて石廊崎を回り、安良里沖を通過したが、逆風も強い上、海水の浸水がひどく、代用舵も壊れて、次第に艦は航行不能に陥り、戸田の北西に流されて、富士郡宮島村三四軒屋沖約183メートルの場所に3本錨を下ろして停艦した。

下田で大地震と大津波の被害を受け、さらに暴風雨と続けざまに災難に遭ったディアナ号は、もはや自力で航行することはできなかった。浸水もひどい状態で、乗組員たちはカッターで上陸を試みるのだった。(つづく)


[2005-01-12-16:01]
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